『内陸アジア言語の研究』23, 中央ユーラシア学研究会,2008.7.
本号は「森安孝夫教授還暦記念特集号」となっている.
同誌の共同編集者である吉田豊先生の序文に続き,いずれも各方面に波及しそうな力作が並ぶ.
従来とはやや体裁が異なり,行間がやや詰まっているようだが,それでも合計250ページを超える.
以下,簡単に内容を紹介する.
Gulácsi, Zs.: A Visual Sermon on Mani’s Teaching of Salvation: A Contextualized Reading of a Chinese Manichaean Silk Painting in the Collection of the Yamato Bunkakan in Nara, Japan
奈良・大和文華館所蔵でこれまで仏画とみなされていたものが,マニ教絵画であることを読み解く.
マニ教と宋元時代江南絵画さらに日本との結びつきに新たな局面が提示されることになろう.
Matsui, D.: Revising the Uigur Inscriptions of the Yulin Caves
拙稿が諸方に波及する可能性は小さい(笑)
Hamilton・牛汝極 (Journal Asiatique 282, 1998) により公刊された安西楡林窟のウイグル語銘文のうち3件を再校訂したもの.一昨年の森安先生を代表とする科研によってこれらの銘文を調査できたことから,記念号にふさわしいと考えた.
すでに松田孝一(編)『内陸アジア諸言語資料の解読によるモンゴルの都市発展と交通に関する総合研究』(科研費報告書)に和文で簡報を寄せているが,楡林窟・莫高窟その他の諸ウイグル語銘文との比較検討からテキストの一部を改訂し,また語註にも知見を加えたので,今後はこちらの英文を参照されたい.
学問的には,威武西寧王ブヤンクリ,地名 Napčik,チベット語からの借用語 čodpa を見出したことに,それなりの意義がないこともないかと思われる.
松川 節「『勅賜興元閣碑』モンゴル文面訳註」
表題蒙漢合璧碑文モンゴル文面の再構.原碑調査に基づき,缺落箇所に関するCleavesの旧案のいくつかを改める.
中村 淳「2通のモンケ聖旨から──カラコルムにおける宗教の様態──」
フレグ=ウルス治下のアッシリア教会(いわゆるネストリウス派)法王発行文書の印文に遺るシリア文字トルコ語モンケ聖旨を出発点に,キリスト教を軸としてモンケ時代カラコルムにおける宗教教団の様態を論じる.同時に,モンゴル帝国治下のキリスト教会についての新知見も多々含まれる.
Pinault, G.-J.: Bilingual hymn to Mani : Analysis of the Tocharian B parts
マニ教のいわゆる pothi book のトカラ語B(クチャ語)テキストの校訂案.これは後出の Wilkens 論文とあわせ読まれねばならない.
Raschmann, S.-Chr.: Baumwoll-Nachlese : Vier alttürkische böz-Dokumente aus dem Arat Nachlaß (Istanbul)
ドイツ隊将来ながら第二次大戦中に失われ,今では R. R. Arat 旧蔵写真資料でのみ残るウイグル語契約文書の校訂研究.ウイグル文書の研究に携わる小生にとって最も有益.
榮 新江(西村陽子訳)「新出吐魯番文書に見える唐龍朔年間の哥邏祿部落破散問題」
先般『西域歴史言語研究輯刊』第1輯(2008)に発表された論文の日本語訳.
新出トゥルファン漢文文書の分析から,7世紀中葉のカルルク遊牧民の動向,さらには唐の辺境政策・文書行政システムを解明する.
Rybatzki, V.: Farbigkeit und Vielfalt: Einiges zum Pfau und seinen Bezeichnungen in den zentralasiatischen Sprachen
内陸アジア諸言語から「孔雀」の語を大量に抽出し,その広がりと変遷,借用関係を概観する.
Wilkens, J.: Musings on the Manichaean “pothi” book
Pinault論文でも扱われたマニ教 pothi book のウイグル語テキストの再校訂.
破損・缺落しているテキストを該博な文献学的知見に基づいて再構成・確定していく過程には,PInault論文と同様,賛嘆を禁じ得ない.
なお,巻末には「森安孝夫教授文献目録」が掲載される.
ちなみに大阪では,今夕,本誌を森安先生に献呈するささやかな催しも行われたとのこと.
諸事多端で参上できなかったが,さいはて津軽の地より恩師の還暦を言祝ぐものである.
おめでとうございます.