2012/11/24

西域-中亜語文学国際学術研討会(その2)

2012年11月24日(土)
今日はなんと朝8:00からセッションが始まる。起床,身支度をすませて7:00にホテルで朝食,そのまま7:30ホテル発のバスで民族大へ。
セッション開始前にPCの動作をチェックするが,そのお手伝いをされているのがかつて神戸にいらっしゃったサルタナット女史で驚いた。

第3セッション
8:00-8:30 孟憲実:高昌国的翻訳
8:30-9:00 李錦繡:従史訶耽墓志看唐代的翻訳語直官
9:00-9:30 松井太:Old Uigur inscriptions in the Mogao and Yulin caves
オープニングで,日本では朝8:00からのセッションなどあり得ませんという冗談をかまし,ニコラス先生からニャハハという笑いを頂戴したのでよしとする。もちろん,年来の莫高窟・楡林窟調査の成果に関する報告は真面目にやりました。
9:30-10:00 劉震・陳懐宇:大乘佛経《象腋經》初探

質疑応答では,めずらしく私の報告にも質問が集まった。準備は昨晩(というか今朝)にやっつけ気味だったのが,逆に功を奏したか?
さらに,なんと牛汝極先生に(初めて)拝眉の機会を得た。私のプレゼン(および引用した拙稿)はハミルトン・牛先生の共同論文の批判的再検討から出発しているのだが,柔和なご対応をいただき恐縮汗顔。

第4セッション
10:15-10:45 榮新江:龜茲地区現存吐火羅語写本与題記的調査与研究
10:45-11:15 慶昭蓉:關于龜茲世俗文献的幾点新発現
11:15-11:45 荻原裕敏:古代亀茲地区婆羅謎文字題記研究的新発展
11:45-12:15 Melanie Malzahn & Hannes Fellner:A new online edition and database of Tocharian manuscripts — Problems and technical solution

このセッションはいわば「トカラ祭り」。最初のお三方の報告は大々的な現地調査プロジェクトの成果。さすがに中国が本腰を入れてくると,銘文類についてもブルドーザー的に新資料が開拓されるものだ。それにしても荻原さんはいつも新資料を扱って幸せ一杯,うらやましい。

セッション終了後,昨夕と同じ清真食堂で昼食。

第5セッション
14:00-14:30 Hendrik Boeschoten:On the role of Khwarezmian Turkic in formation of Central Asian written varieties
14:30-15:00 阿不力克木=亜森:《突厥語大辞典》中的医学問題探討
15:30-16:00 橘堂晃一:The Four Wisdoms in Old Uyghur Buddhist terminology
16:00-16:30 陳宗振:従《五体清文鑑》看現代維吾爾語輔音的両種変化

第6セッション
16:45-17:15 張鐵山:一件回鶻文偽文献
敦煌近郊で得られた偽文書の紹介。こちらとしては,新たに得られたホンモノの情報が欲しかったところではある。
17:15-17:45 Jens Wilkens:Human Embryology According to an Old Uyghur Buddhist Text
17:45-18:15 Melek Özyetgin: Contracts of Guaranty on Turfan Uigurs
yoq bar bol- / ištin taštïn bol- について,ネイティヴとしての見解をうかがうことができた。やはり護雅夫先生の説は卓見というお考えだとのこと。
18:15-18:45 岩尾一史:A preliminary study of an Old Tibetan land registry preserved in the National Library of China
敦煌のチベット語帳簿資料についても,術語や土地登記システムにかかわる問題は多々残っているようだ。
これで本日のセッションは終了。報告キャンセルが出ているため,明日のセッション開始は9:00に変更というアナウンスに,お手伝いの学生さん達から拍手がわく。素直でよろしい。
夕食はバスで「烤肉宛」へ。シシケバプかと期待していたが,実際には北京ダックが出てきた(とはいえ美味だった)
ホテルに帰着後,日本人+慶女史とホテルのレストランで飲み直し。日本のアニメについて。
22:00になると周りで掃除・片付けが始まり撤収。部屋に戻って速攻で寝る。

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2012/11/23

西域-中亜語文学国際学術研討会(その1)

11/22〜11/25に北京の中央民族大学で開催された「西域-中亜語文学国際学術研討会」に参加してきた。

2012年11月22日(木)
学会プログラムではこの日がレジストレーションだったが,あいにくと本務校で絶対外せない会議が午前中にあったため,夕刻の飛行機で東京へ向かい,中国入りは明朝に。

2012年11月23日(金)
7:00,羽田空港の国際線ターミナルへ。
8:40,北京行きJL023便に搭乗。機材は最新鋭のボーイング787-8。
12:10,定刻より若干早く北京首都国際空港に到着。
13:45,宿舎の維也納大酒店に到着,レジストレーション。SPBのポポワ先生,アンカラのオズイェトギン先生,民族大のエルキン先生・ディララ先生,ベルリンの笠井幸代さん,ゲッティンゲンのヴィルケンスさんたちに出迎えられ,午後の第1セッションから参加。

第1セッション
14:00-14:30 Desmond Durkin-Meisterernst: Notes on the Middle Persian and Sogdian versions of the 'Speech of the Living Soul'
先般長逝された Werner Sundermann 先生の遺作と,そこで扱われるマニ教文献の問題。
14:30-15:00 胡振華:中亜東干語文学研究概述
15:00-15:30 Yukiyo Kasai: The Old Turkish text based on the Abhidharmakośa-bhāṣya
笠井さんも草書体文献に進出されてきた。ウムム。
15:30-16:00 張銘心:高昌墓磚在中古時期墓志中的性質及意義

第2セッション
16:45-17:15 徐文堪:論西域古代語文研究的重大学術意義
17:15-17:45 買提熱依木=沙依提:回鶻文玄奘伝研究的一些疑難問題
17:45-18:15 超明鳴:突厥語言説動詞 tä-的語法化
このセッションの質疑応答は,超明鳴氏の報告をめぐって口角泡を飛ばす白熱した議論があったが,残念ながら専ら中国語だったので何が問題だったのかよくフォローできなかった。

セッション終了後,大学構内の清真食堂で夕食。
20:00,バスでホテルへ撤収。バーで飲み直さないかという某K氏からのお誘いを固い決意で断り,明朝のプレゼン資料の作成にあたる。
最近,学会報告がますます雑になっているのではという自己嫌悪に陥る。

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2011/06/07

国際古代ウイグル語研究ワークショップ(第3日)

2011年6月6日
7:30,朝食。
9:00,今日は会場をホテルからトルコ言語協会のビルに移動。参加者はビルに入ってすぐ右手の図書スタンドに殺到,学者病の集団発症だった。カヤ先生の Altun Yaruk 校訂本が飛ぶように売れていた。

9:30,開会。
VI. oturumu
Ayşe Gül Sertkaya: Konstantiniyye’de Uygurca. アイシェ先生が以前に扱われた Abdurrezzak bahši に関連するもの。
Hakan Aydemir: Eski Türkçe Xuanzang biografisi’ne kaynaklık eden Çince metin hakkında yeni bilgiler. 玄奘伝漢文の系統とウイグル訳との関係をめぐる「新説」。不肖マツイにはかなり苦しいと感じられたが,刊行されたらあらためて議論があるだろう。
Ablet Semet: 予定の題目を「ウイグル語の術語形成方法に関する観察」に変更,トルコ語タイトルは失記。特に玄奘伝中の抽象名詞の翻訳方法をめぐって。
Muhemmetrehim Sayit: Şingku seli’nin Altun Yaruk’ta izlediği yöntemi.

12:00,3日連続で同じレストランで昼食。最終日は辛口のアダナケバプ。

14:00,再開。
VII. oturumu
Litip Tohti: The traces of the diachronic sound changes of l to š in Old Uyghur. アルタイ比較言語学というのは最近日本では下火のように見受けられるが,Litip 先生の報告は(英語だったこともあってか)明解と感じられた。
Erkin Awkal: Şingqu salıy’ın çevirilerindeki eş anlamlı sözleri. 途中からカザフ語による発表になってしまった。
Tieshan Zhang: A study of one fragmental leaf of the Abhidharmakośabhāṣya-tīkā Tattvārthā in Uighur script.
Dilara Israpil: A study on the colophon of Old Uyghur Mahāpraṇidhāna. 歴史学的にも重要な情報を含む新出資料を紹介。すでに現在,某誌に発表する準備をすすめておられるそうで,公刊を鶴首。

VIII. oturumu
Mağfiret Kemal Yunusoğlu: Şingku şeli tutung’un tercüme üslubu üzerine
Serkan Şen: Eski Uygurca dört brahman öyküsünden bir parça
Reziya Nuri: İpek yolunda bulunan runik harfli yazmaların ağız özellikleri

Değerlendirme oturumu
Melek Özyetgin, Klaus Röhrborn, Litip Tohti, Mehmet Ölmez の4先生が登壇しての総括セッション。
Litip 先生がニコニコしながら「中国でまたこんな学会を開きましょう,いま中国ではお金の心配はまったくないから」と呼びかける。少なくとも学術研究に対するサポートという点では,日本は中国の後塵を拝することすらできないほど追い越されてしまっていることを実感,彼我の差に嘆息。
最後は適宜記念写真を撮り,別れを惜しみつつ,三々五々解散。
ホテルへ帰りがてら,橘堂さんと再び Beer Station で反省会。

19:00,夕食。セルトカヤ先生ご夫妻・カヤ先生・カチャリン先生・アイシマ女史・ディララ女史という,トルコ・ウイグル混淆テーブルにお邪魔する。セルトカヤ先生・アイシェ先生とも,いくつかの報告についてきつめの批評を拝聴。しかしトルコ人とウイグル人は,本当に意思疎通が簡単でうらやましい。

21:00,私の明日のアンカラ発便は早朝につき撤収,セルトカヤ先生とイスタンブルでの再拝を期す。
しかし,笠井さんにプレゼントを忘れていたので,ロビーで待機。しばらくして授受完了。ドイツ若手組は Beer Station に行っておられた由。

6月7日
6:30,一番乗りで朝食を完了。7:20,チェックアウト。朝食に降りてこられたラシュマンさん・笠井さん・橘堂さんにご挨拶して辞去。7:30,TDK差し回しのタクシーで,一路エセンボガ空港へ。

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2011/06/06

国際古代ウイグル語研究ワークショップ(第2日)

2011年6月5日
8:00,朝食。久方ぶりに再会した Ablet Semet 博士と同席。「マツイ君の発表は,10年近く前にベルリンで議論したネタだよね」と看破されてしまう。実は2002年に野尻湖でも話したのだが,練るのに時間がかかっているのだ。

10:00,会場をホテル地階のカンファレンスルームに移して開会。

III. Oturumu
Marcel Erdal: Eski Uygurcanın fiil varlığ.
Yukiyo Kasai: The Old Turkish fragments with Brahmi elements. 笠井さんのPPTは,会場据え置きの端末を使ったため,漢文仏典の同定成果が文字化け。ご本人はいたく落ち込んでおられたが,例えディスプレイされたとしても読めない人間のほうが多かったのではないかと慰める。
Yong-sŏng Li: The Uighur word materials in a manuscript of Hua-yi-yi-yu in the Library of Seoul National University (IV). 庄垣内正弘先生の『畏兀児館訳語』研究に対する批判なのだが,庄垣内先生が利用した写本の検討なしでは有効とはなるまいと感じる。この点は質疑応答でアブドゥリシトさんも指摘。

12:00,昼食。アイシェ先生に名前入りのナンがサービスされたのだが,誕生日でも結婚記念日でもなく,単になじみ客だからということらしい。

14:00,再開。
IV. oturumu
Dai Matsui: Borun and Borun-luq in the Old Uighur legal documents. 途中,イェンスとのエピソードに関するジョークで笑いをとれたので可しとする。
Aydar Mirkamal: Two Abhidharma fragments from Dunhuang.
Özlem Civerek Ayazli: Şingko şeli tutung ve Altun Yaruk çevirisi üzerine.
質疑応答では,いささかピントのずれた質問を受けて戸惑うが,幸いにもオスマン先生が助け船を出して下さった。キリスト教人名について,ツィーメ先生も交えて議論する。休憩時間に入り,Erdal 先生からも,「人」の -Ž- の音価がウイグルの -R- と近かった可能性はないか?とのこと。しかし Radloff,Jarring のエントリーからも漢語起源はあり得ないだろう,とお答えする。

V. oturumu
再会にあたって,セッション司会を務めるセルトカヤ先生が,某先生の学士院賞受賞を記念して TDK 会長と本国際ワークショップ参加者の共同名義で祝電を送ろうとご提案。もちろん全員賛成。ツィーメ先生は,電報よりもメールがよかろうというジョーク。
Ceval Kaya: Eski Uygurcada ses ve uyum sorunları.
Fuxue Yang: Two Uighur inscriptions quoted from Altun Yaruq in Dunhuang Mogaoku Cave 464.
Murat Elmalı: Daśakarmapatha-avadānamālā üzerine yapılan çalışmalar ve bu çalışmalarda karşılaşılan güçlükler.
Aysima Mirsultan: Studies on some Old Uighur words in Modern Uighur dialects. 古代ウイグル語に由来する現代ウイグル語の事例を紹介。

夕食前にロビーへ。ドイツ若手組を通じて,ウルムチの Israpil Yüsüp 先生のご令嬢でもある Dilara Israpil 女史にご紹介いただく。そういえば,随分と昔に,ディララ女史を通じてイスラピル先生からのご連絡をいただいたことがあった。
19:00,なお議論は尽きず,そのまま夕食へ。イェンスは私のジョークに大受けしていた。ディララさんが前もって見せてくれた草書体仏典などはまだ不十分で,やはり U 5960 くらいひどくなければ awful とはいえないらしい(笑)
21:30,撤収。報告を終えたということで,日本人3名で昨晩に続いて Paper Moon へ。先着しておられた Semih Tezcan 先生とツィーメ先生・アブドゥリシトさんと入れ違いとなる。解放感から,日付が変わるまで杯を傾けることに。

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2011/06/05

国際古代ウイグル語研究ワークショップ(第1日)

2011年6月4日
8:00,朝食。昨夜遅く到着された Abdurishid Yakup 先生とご一緒。長江教授としてまことにお忙しいご様子。また,今回招待の労をとって下さった Mehmet Ölmez 先生にも再拝。なんと今朝到着したばかりとか。

10:00,ホテルのカンファレンスルームで開会式。
今やTDKの会長補佐の任にある Melek Özyetgin 先生,ついでオルメズ先生が歓迎スピーチ。

Açış oturum
Osman Fikri Sertkaya: Uygur harfli eserlerin Türkiye’deki araştırma ve yayımlanma tarihinden. トルコにおける古ウイグル学の系譜を回顧。それにしても,連年のごとく古ウイグル語研究で修論・博論が出ているのには驚かされる。
Peter Zieme: Şingko şeli tutung kimdir?
Klaus Röhrborn: Xuanzang bibliografisindeki bazı çeviri özellikleri üzerine.
Jens Peter Laut: Zum Maitrisimit-Projekt an der Universität Göttingen,

12:00,ホテルの外のレストランで昼食。
14:00,再開。

I. oturum
Simone-Christiane Raschmann: New results from the cataloguing work of Säkiz Yükmäk Yaruk.
Jens Wilkens: On editing the Daśakarmapathāvadānamālā in Old Uygur.
Mustafa Kaçalin: Uygur harfli bir kaydın okuma denemesi.

II. oturumu
Abdurishid Yakup: Eski Uygur Avataṃsaka’nin yeni parçaları üzerine.
Koichi Kitsudo: Reconstruction of the Lehrtext.
Mehmet Ölmez: Uygurca Avataṃsakasūtra’nin dili hakkında.
質疑応答では,橘堂さんに報告にさっそくイェンスが反応。
初日の閉会にあたり,Kemal Eraslan 先生が,現在の古ウイグル文献研究の課題として,ウイグル語の転写システムの統一,現在の水準からする古代ウイグル語辞書の編纂,の2点を指摘された。参加者のいずれも身につまされているところだろうが,果たして誰がその労を引き受けてくれるのか,というのが最大の問題だろうか。

19:00,ホテルのレストランで夕食。さらに,近所のワインケラー Paper Moon で,橘堂さんの報告完了を笠井さんと言祝ぐ。
23:30,解散。しかし明日の報告でのハンドアウト配付が十全を期しがたいため,急遽プレゼン資料の作成にとりかかる。

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2011/06/04

国際古代ウイグル語研究ワークショップ(第0日)

トルコ言語協会(Türk Dili Kurumu)主催の標記「シンコ=シェリ都統記念国際古代ウイグル語研究ワークショップ(Beşbalıklı Şingko şeli tutung anısına uluslararası Eski Uygurca araştırmaları çalıştayı)」参加のため,この3月末から2ヶ月をおかずにトルコヘ再出張。

5月29日に日本を出発,6月2日までイスタンブルに滞在し,昨年来のアラト旧蔵資料の研究を継続。

2011年6月3日
11:00,トラムと地下鉄を乗り継いでイスタンブル・アタテュルク国際空港に到着。地下鉄から国内線ターミナルまで遠いのには驚いた。
13:00,アンカラ行き TK2150 便で離陸。
14:00,ほぼ定刻通りアンカラ・エセンボガ空港着。4年前の ICANAS 参加のためアンカラに来たときには国際線乗継ぎの不調で荷物が出てこなかったのだが,今回は無事だった。Türk Dili Kurumu の差し回し迎車へ。ウイグル語「金光明経」校訂の大著で知られる Ceval Kaya 先生とご一緒させていただく。
15:00,宿舎の HIlton Ankara 到着。ネット接続が有料,かつバカ高いのに驚く。
夕刻,Aydar Mirkamal 先生,橘堂晃一さんとロビーで合流。中国から参加の張鐵山・楊富學先生に再拝,Aydar先生旧知の中央民族大学の先生方にご紹介いただく。さらに,セルトカヤ先生ご夫妻も到着。
19:00,ホテルのレストランで夕食。ドイツから参加の Zieme 先生,Laut 先生,Raschmann 先生,Jens WIlkens 博士,笠井幸代さんに再拝。
夕食後は橘堂さんと近くのビアホール Beer Station で四方山話。
ただし,橘堂さんは明日さっそく報告を控えておられるということで,早めに撤収。

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2010/11/01

西域古典語言學術高峰論壇

中国・吐魯番で開催された「西域古典語言學術高峰論壇 (Turfan Forum on Old Languages of the Silk Road)」に招待され,10月22日から29日まで中国出張。
オーガナイザーのお一人であるハンブルクの王丁さんによれば,今回の学会の参加者は「高峰」と呼ぶに相応しい方々とのことだが,私に関していえば言うまでもなく過褒だ。

  • 10月23日(土)
    前日10月22日に北京入りし,この朝5:30,ホテルのバスで第3ターミナルへ。
    7:30,ウルムチ行きCA1293便に搭乗。
    11:50,定刻通りウルムチ着,機場飯店の向かいのホテルで待機。後に北京大学の朱麗雙さん,中央民族大學の張鐵山先生や,吐魯番博物館のアシスタントで現在民族大に留学中の李剛さんらと合流。
    14:00,参加予定とうかがっていた梅村坦先生にメールすると,階下のレストランで昼食中とのこと。梅村先生に加え,高田時雄先生,楊富學先生,鈴木健太郎さん,さらにやはり中央民族大学に滞在中の Desmond Durkin-Meisterernst 先生らと同席。
    15:10,マイクロバスで吐魯番へ向けて出発。新疆大学前でAbdurishid Yakup 先生,段晴先生,Israpil Yusup先生らをピックアップ。寝不足につき車内ではほとんど寝ていたが,トゥルファン盆地に入ったところで,2年前には無かった発電用風車が多数建設されているのは驚いた。
    18:40,宿舎の火州大酒店着。ホテルには有線・無線ともにネットなし。先に到着していた吉田豊先生と同じ資料を扱うので,明日の報告内容について相談。
    21:00,歓迎の晩餐会。張鐵山先生,王啓濤先生,楊富學先生,Alexey Muravyev先生と同席。途中で榮新江先生や岩尾一史さんらも到着。
    23:00,解散。

  • 10月24日(日)
    9:30,ホテルを出発し,学会会場となる吐魯番博物館へ。2年前の国際トゥルファン学会もこの博物館を会場に予定していたのだが,工事の遅れから間に合わなかったもの。
    新疆地区の政治関係者のあいさつの後,記念写真。
    李肖「吐魯番学研究院主旨発現」
    Nicholas Sims-Williams, Medical Texts from Turfan in Syriac and New Persian.
    梅村坦,On the Internatinal Project for Non-Chinese Manuscripts of Bezeklik.
    榮新江「和田出土漢語于闐語雙語文書」
    昼食。
    15:30,午後のセッションの最初の報告を務める。
    松井太,A Sogdian-Uigur Bilingual Fragment from the Arat Collection:今春の在外研究中に発見した資料を早速報告。しかしソグド=ウイグル問題は難しい。
    吉田豊,New Turco-Sogdian documents from the late Professor Arat's photograph collection:私の報告で紹介した断片のソグド語部分を,もう1点のソグド語書簡と併せて報告。私は写真のプレゼンテーションでサポート。
    孟憲實「高昌國翻訳問題」
    Desmond Durkin-Meisterernst, Translation Features in Sogdian Manichaean Texts.
    牛汝極「吐魯番叙利亞文写本的発現和研究」:キャンセル。
    Abdurishid Yakup, Multillingual Source of the Old Uyghur Translation of the Arya-aparamitāyur-jñāna-nāma-mahāyāna Sūtra.
    楊富學「甘州回鶻行用文字」
    王丁「中古漢文写本碑志中的胡化現象」
    20:00,晩餐会。お決まりのウイグル舞踊も出てきた。
    散会後,高田先生・梅村先生・王丁先生・李樹輝先生とロビーでワイン,その後なぜか階下のカラオケに。踊りながら熱唱する北京大学の某先生のお姿を拝見(笑)
    24:00,就寝。

  • 10月25日(月)
    9:30,会場へ。
    張鐵山「吐魯番柏孜克里克出土兩葉回鶻文『慈悲道場懺法』殘葉研究」
    Israpil Yusup「文殊山石窟回鶻語銘文」:ご令嬢で中央民族大講師のDilaraさんがキャンセルされたのに代わってのご報告。文殊山石窟銘文は私も2006年に参観したが,我々外国人がこの手の石窟銘文を写真つきで公刊することは難しい。Israpil先生は最近ウルムチ博物館館長の重職から引退され,現在は研究員の肩書とのことだが,ご健筆と今回の資料の公刊を鶴首したい。
    岩尾一史,Old Tibetan Land Registers from Central Asia.
    朱麗雙「敦煌藏文文書 P. t. 960 所記于闐的佛像・伽藍與僧伽」
    Elica Hunter, The Multi-lingual Christian Library at Turfan.
    Alexey Muravyev, Bilingualism in the Christian Community of Turfan.
    徐文堪「古代西域的語言和文字」
    朱玉麒「清末民初中國学者對西域胡語文書的認識」
    葉奕良「(題目失記)」葉先生はペルシア語文献の専門家。題目は提示されなかったと記憶する。
    Ursula, Sims-Williams, Revisiting the International Dunhuang Project Database.
    慶昭蓉「亀茲語・印度俗語雙語木簡」
    荻原裕敏「關於吐火羅A語文獻的幾點新發現」
    段晴,A survey of a new collection of Khotanese findings at the Urumqi Museum:2009年新發現,ウルムチ博物館所蔵文書の紹介。新發現の木簡の契約文書はほとんど奴隷賣買だという。冒頭,師事された季羨林・Emmerickの逝去を追悼されていたのが印象的。
    Dieter Maue, New Brahmi manuscripts from Bezeklik.
    話が佳境にさしかかったところで,しかし,新疆地区の党書記が博物館を訪問するため,18;30で強制終了。これにはMaue先生もおかんむりだった。
    この日は宴会はなく,ホテルのレストランで夕食。しかし途中からワインを買いだして長々と話し込むことになった。

  • 10月26日(火)
    9:30,昨日中断されたMaue先生の報告のやり直しから開始。
    王啓濤「吐魯番出土漢文獻的借詞」:羽田亨,羽渕了溪,石塚晴道の研究にも言及されていた。
    李樹輝「俄国彼德堡藏 SI 2Kr 16號回鶻文文書研究」:標題文書の整理番号は正しくはSI 2Kr 17 のはず。
    陳愛峰「高昌回鶻與西夏的関係」
    李剛「回鶻文奴隷賣買文書初探」
    昼食の後,閉会式。Sims-Williams, Durkin-Meisiterersnt, 榮新江,高田時雄の4先生による総括。かつての研究グループ「ヤントン」についての高田先生の回想は,中国人研究者にも興味深かったらしい。
    休憩をはさんで,夕方から新装なった吐魯番博物館の展示や所蔵品を観覧。出土写本室に展示されている資料は数は多くない。至元通行宝鈔の紙質が興味深く思われる。待機していた若い女性館員から,各種文書の内容や特徴について,いろいろと質問攻めに遇う。やはり非漢語文献に関する情報は必ずしも周知されていないようだ。その後,吐魯番学研究院の図書室を参観。日本人研究者の抜刷ボックスがしっかりと保管されているのは感慨深い。拙稿の載るものを含め,『吐魯番學研究』近刊号を拝領。
    18:30,ウルムチへ向かう梅村先生・鈴木さんを見送る。
    20:00,学会最後の晩餐会。

  • 10月27日(水)
    エクスカーション第1日。
    ベゼクリク石窟→勝金店→バダム墓地→トヨク石窟→クムターク沙漠公園。ベゼクリクでは,栄新江先生に促され,二重窟として著名な第38窟について説明させられるはめになってしまった。
    6月にベルリンで李肖先生が紹介されたように,トヨク石窟はこの間に再発掘調査が行なわれている。その後の石窟保護のため,壁画その他は参観できず。ベルリンで映写されたウイグル語銘文も実見できず,まことに残念。
    夕食は沙漠公園近郊のレストラン。散会後,鄯善市内の西游酒店に宿泊。

  • 10月28日(木)
    エクスカーション第2日。
    10:00,西游酒店を出発,一路ウルムチへ向かう。
    12:30,塩湖の近くのレストランで昼食。
    15:00,ウルムチ博物館。新疆訪問は初めてというMaue先生はブラーフミー資料に興味津々のご様子だった。
    17:00,考古研究所へ。ミイラなど。
    18:00,中和大酒店に到着。このホテルはネット完備。Maue先生・荻原裕敏さん・慶昭蓉さんに重要な資料の写真を送る。
    20:00,最終の晩餐会。
    22:00,就寝。

  • 10月29日(金)
    7:50,ホテルを出発,ウルムチ空港へ。徐文堪先生や学会スタッフは第3ターミナル,CA便を使う私は第1ターミナル。学会スタッフはひょっとして新設の吐魯番空港へ向かうのか?
    8:30,チェックイン。荷物はそのまま羽田へスルーされるという。確かに羽田便も発券されチェックインも完了しているようだが,いささか不安。
    9:50,CA1296便に搭乗,離陸。
    13:15,予定通り北京着陸。荷物をピックアップせず乗継ぎカウンターから国際線ターミナルへ向かう。
    13:40,出国手続も完了。ただし,羽田行きCA183便のゲートは未定。パスポートをスキャンしてアカウントをくれるという無料WiFIを試してみる。Skypeも可能,家族と通話。今後の海外出張に関係する種々のメールをチェック。
    16:40,階下のE57ゲートに移動。これはバス搭乗用のゲート。
    17:05,搭乗開始。
    18:00,離陸。
    21:50,羽田国際ターミナルに着陸,入国。ウルムチで預けた荷物はちゃんと出てきた。北京空港の整備ぶりはめざましいと実感。モノレールで都内の宿舎に向かう。

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2009/09/07

ペテルブルク国際敦煌学研討会(復路)

2009年9月6日(日)
6:30,起床.混雑に供え,朝食前に荷物をパッキングしてチェックアウトも完了させる.
7:30,朝食.ここでは王丁先生ご一家とお別れのご挨拶.
8:30,空港までのタクシーで同道する坂尻・岩尾・赤木3氏と集合.ダーキン先生・アブドゥリシド先生・笠井女史のお見送りに与る.
9:00,ミニバンタクシーでホテルを出発.
9:45,プールコヴォ空港に到着.出国ターミナルもずいぶんときれいに改装されている.ただし,カウンターが開いていないということで,10:30まで待たされる.
10:30,チェックインのため手荷物チェック.坂尻さんがいろいろと誰何されたようで,これはやはり風貌によるのか(笑)
11:00,チェックインを済ませて出国完了.カフェでほっと一息.
12:35,定刻通り離陸.
12:30,定刻通りヘルシンキ国際空港着.乗継ぎの手荷物チェックをすませ,サンドイッチとビールで軽食.お三方はシェンゲン区域内のデパートへ.荷物番がてら,Skypeで家族と通話してお土産の希望など.
14:45,お三方と入れ替わりにシェンゲン区域へ,ムーミンショップで買い物.戻ってくると皆さんノートPCでお仕事.ご精勤ぶりに頭が下がる.
16:00,搭乗に備えてゲート前へ.お三方は関西便なので,ここでお別れ.
17:00,成田行きAY73便に搭乗.17:30,ほぼ定刻通り離陸.この復路もほぼ満席.臨席が空いていて若干のスペースがあったのが救いだが,どうも寝た気はしない.早くビジネスで旅行できる身分になりたいものだ.

2009年9月7日(月)
8:50,ほぼ定刻通り成田空港着.入国審査・荷物をピックアップ.
9:30,弘前へ向かうため都内へ.

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2009/09/06

ペテルブルク国際敦煌学研討会(第3日)

2009年9月5日(土)
7:40,起床・朝食.8:40,バスで会場へ.
9:30,セッション開始.
林仁昱「『佛母經』及其相關文藝作品研究」日本の先行研究を的確にフォローしつつ批判を加えていたのが印象的.
劉惠萍 (LIU Hui-Ping): Buddhist Arts and Chinese Myths: Focusing on the Sun and the Moon Pictures in Dunhuang Murals.
白適銘「異國天堂想像─有關唐代絲路藝術中花鳥主題的圖像學分析」
張先堂「古代敦煌莫高窟的家族石窟営造活動」莫高窟の銘文類に関する調査が進んでいるらしい.『供養人題記』の成果がさらに深化させられることを期待.
張乃翥: Some Damaged Manuscripts from the Russian Dunhuang Collection and the Spread of the Culture of the Chinese Central Plain to the West. パワポだかスライドショーだかがうまく起動しなかったようで,張氏が報告を中断してしまったため,10:40に休憩となる.
トゥグーシェワ先生から近著の Xvastvanift を拝領.ラシュマン先生と研究所の出版コーナーめぐり.ポポワ先生主編の報告書 Russian Expeditions to Central Asia at the Turn of the 20th Century (Russian Academy of Science, 2008) についてご教示を得る.7年前には出版部で直接購入が可能だったが,最近は書店との関係からか,直接販売はしていないらしい.しかし,ラシュマン先生がポポワ先生にいささか交渉されたところ,特別のご高配で報告書を購入できた.1000RUB.

11:30, セッション再開.
YAMABE Nobuyoshi: An Analysis of the Guanjing bianxiang Focusing on Дx. 316: A Reconsideration of the Relationship between Art and Text
ZHANG Huiming: A Study of the Representations of the Suvarņaprabhāsa sūtra Discovered in Bezekelik Caves by Oldenburg’s Expedition and Kept in the Hermitage Museum
PCHELIN, Nicolas: Symbolism of the Murals from Turfan
ZHU Tianshu: Dunhuang Cave 272 and the Ruixiang ‘One Buddha and Fifty Bodhisattvas’
YU Xin: From Turfan to Nara: Figurine Exorcising Technique along the Silk Road
13:00,午前のセッションを修了.ラシュマン先生はそのままベルリンへお帰りとのことで,再会を約す.昼食は昨日に続き「日本人テーブル」となる.余欣先生の報告中,中国人参加者の1人(研究者ではないらしい)が突然暴れ出した一幕についてあれこれ.なんとも傍迷惑な話である.

14:30,セッション再開.学史関係の報告が続く.
GUMBRECHT, Cordula: "Beyond All Praise": Grünwedel's Expression of Thanks to the Chinese Authorities for Their Support of the German Turfan-Expeditions
GALAMBOS, Imre: A forgotten Chinese translation of Aurel Stein's First Expedition Report
王冀青「英國牛津大學包德利圖書館藏斯坦因與鄂登堡往來通信初探」
朱玉麒「清代西域流人与早期敦煌学研究 ——以徐松与《西域水道記》為中心」
OCHIAI Toshinori: On the Authenticity of the Li Sheng-duo's Collection of Dunhuang. 武田科学振興財団の敦煌コレクションを扱った近刊『敦煌秘笈目録冊』を俎上に.

16:00,休憩.朱玉麒先生に2年ぶりのご挨拶,『西域文史』第3輯を拝領.また,数年前にメールでエルミタージュのベゼクリク壁画銘文について連絡をやりとりした張惠明女史にも初対面のご挨拶.私は中国語もロシア語も善くしないので,居合わせた余欣先生に通訳になっていただいた.
その後紅茶をすすっていると,日本語が達者な学会サポータの学生さんから,シルクロード展のカタログ The Caves of One Thousand Buddhas: Russian Expeditions on the Silk Route on the Occasion of 190 Years of the Asiatic Museum (St.Petersburg, 2008) が入手可能というご連絡.手持ちのルーブルが不足していたので,急遽,笠井女史・赤木さんから1300RUBを徴発して購入(笑)まさにウイグル文供出命令文書の世界(もちろん後で返済しております)

16:30,最終セッションの開始.
郝春文「讀敦煌文獻劄記(四則)」
DURKIN-MEISTERERNST, Desmond: Current work on the Sogdian texts in the Berlin Turfan Collection
ENAMI Kazuyuki (in cooperation with SAKAMOTO Shoji, OKADA Yoshihiro and KOHNO Masuchika): New Approach to Dunhuang and Central Asian Studies by Scientific Analysis
大谷コレクションの料紙の理化学的分析から,製紙法の展開を追われたもの.
李開成・朱江紅「敦煌物権」これはプログラムに無く,正式タイトルは失記.とはいえ(中国の学会でありがちな)飛び入りでもなかったようだ.

17:30,閉会挨拶.ポポワ先生がいささか感極まったご様子だったのが印象的.高田先生からは,次回の国際敦煌学会は2年後もしくは3年後パリで開催を計画中とのアナウンス.
18:30,バスで宿舎の Hotel St Petersburg に戻り,ホテルのレストランでお別れ宴会.Durkin先生,Abdurishid先生,山部先生,笠井女史,さらに初対面のエルミタージュの Pavel Lusje 氏と同席.Lusje氏は古代トルコ史ご専攻とのことで,私の名前までご存じだったので驚く.散会後も,ツィーメ先生,王丁先生,さらに坂尻・岩尾・笠井・赤木ら若手諸氏としばし延長戦.
22:30,散会.別宿のツィーメ先生は年末まで北京の中央民族大学へご出講のため,明日夕刻便で直接北京に飛ぶとの由,しばし別れを惜しむ.

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2009/09/05

ペテルブルク国際敦煌学研討会(第2日)

2009年9月4日(金)
7:30,起床,朝食.このホテルのファシリティーはさすがに古いが,食事はなかなかに充実.中国と逆だなあと感じる.
8:45,バスで研究所へ.
9:30,今日もまずは階下のセッションから.司会はツィーメ先生.
IWAO Kazushi: The Purpose of the Sutras Copying in Dunhuang under the Tibetan Rule.
敦煌以外の地域に送る目的での写経の存在を識語から解明.ロンドンで2年の在外研究に従事されただけあって,岩尾さんは英語での報告や討論もなめらかにこなされる.不勉強な私は「こういうことを言いたいときにはこういう単語や表現を使うのか〜」と感服.
顔廷亮「關于吐蕃占領時期敦煌文学的新思考」

10:00,学会を中座して,周伯戡・聶鴻音・孫伯君・鄧文寛・杜建録・孟嗣徽・王培培ら,カラホト・西夏学関係の諸先生とエルミータジュ博物館へ向かう.さらに,エルミタージュ所蔵の敦煌壁画の観覧をご希望の山部能宜先生ともご一緒することに.道すがら,聶鴻音・孫伯君両先生とは2年前の遼金西夏史研究会でお目もじしていたことを思い出す.孫先生はきれいなパーマをあてて髪型を変えておられた.実は両先生とも英語がご堪能だった.
10:30,スタッフ用玄関でサモスユク先生のお迎えを受ける.エルミタージュは8年ぶり.サモスユク先生の研究室までの経路で一通りの展示を観覧.
11:00,サモスユク先生のお部屋でカラホト出土の絹曼荼羅を拝見.さすがに西夏研究者諸氏は食い入る如くで,割り込むすきがなかった(笑)その後,ベゼクリク・トヨク・シクシンからの壁画断片の一般展示コーナーへ.8年前に来たときにはある事件が起き,ゆっくり見られなかったのだった(泣)トヨクの壁画断片について山部先生のご解説を頂戴.ついで敦煌壁画.山部先生は明日の報告で扱う予定のエルミータジュ所蔵壁画をまだ実見調査されてはいなかったとのことで,これまた思わぬ僥倖を得た由.
ふたたびサモスユク先生の研究室に戻り,エルミタージュの敦煌トゥルファン関係の近刊出版物について情報交換.先般京都に来ていたシルクロード展のロシア語版カタログ(昨年末から今春まで開催されていたもの)を購う.中国美術部の学芸員Maria Menshikova女史(故メンシコフ先生のご令嬢)のご協力を得て,後輩のAさんからの依頼を果たす.ちなみにMenshikova女史とも8年ぶりの再会.
13:00,いったん昼食に戻る.今日は高田先生はじめ日本人集団のテーブルへ.玄幸子先生に拝眉の機会を得る.

14:30,若干遅れてセッションに復帰.この日の午後のセッションからは,すべて2階のGreen Hallでの統一セッションとなる.
吳麗娛「試述唐代地方機構行用的狀」
興味深いテーマなのだが,ペーパーもパワポもないのでフォローできなかった(プロジェクタにはWord原稿が投影されてはいたのだが)
NAGATA Tomoyuki: The comparison of the shu-yi 書儀 texts with the material of ancient Japan
永田さんは実際には中国語でご報告.日本と中世中国の双方に幅広く目を配られていて,門外漢ながら興味深く拝聴.
高啓安「敦煌文獻中羊的稱謂研究 ——以“羖羊”為中心」
これも粘っこい文献研究.漢文文書でも,辞書ではなく諸文献の用例を集めて論じなければならぬということ.
16:00–16:30,休憩.

16:30,再開.
SAKAJIRI Akihiro: The Relationship between Upland Nomads and Oases Sedentary People as Seen from Dunhuang Manuscripts
南山部落と帰義軍政府との関係.
WANG Ding: Chinese People with Barbarian Names.
新たにソグド語名をもつ漢人を諸文献から抽出.
XU Quansheng – Families from Central Asia and Villages in Gaochang: Some Notes on the Newly Discovered Turfan Documents
鄭炳林「唐玄奘西行路線與瓜州伊吾道有関問題考察」
当初は「晚唐五代宋初河西地区羌胡交往考」という題目だったが,変更された.玄奘の交通路に関わる諸種の記録や先学の地理比定を,現地踏査に基づいて再考したもの.我々も一昨年にハミ〜敦煌を1日かけて走破したが,歴史地理的な問題の考察には,じっくり日数をかけて現地を見なければならないということを実感.
AKAGI Takatoshi: The Matrimonial Diplomacy and the Lineage of Cao Family of the 10th Century in Dunhuang
赤木さんも昨春の遼金西夏史研究会での報告に基づくもの.「ウイグル派」と「コータン派」の問題が,中国の敦煌研究者たちにどのようにうけとめられるだろうか.

18:30,研究所すぐそばのレストラン「千夜一夜」で宴会.このウズベキスタン料理店は,はじめてペテルブルクに来たときに荒川慎太郎先生と出かけた記憶がある.その時はおひねりを求めるベリーダンサーに若干ひいたものだった.今回はそのようなことはなく,料理を十分に堪能.
京都に滞在中の余欣先生と1年半ぶりに再拝,報告のハンドアウトを差し上げる(なにしろ余欣先生には『神道人心』というご著書がある).高田先生からは,敦煌学の現況とともに,中国・パリの関係者の四方山話を拝聴.ポポワ先生にあらためてご挨拶し(私のことを DAI Ma-Tsui という中国人と誤解されていた),ペテルブルク所蔵文献の公刊申請に関して大まかなアドヴァイスをいただく.
20:45,散会,バスでホテルへ戻る.最後尾の座席に陣取ったところ,天上から雨漏り.隣のラシュマン先生とともに上着を汚してしまった.
21:00,ホテル着,手早く着替えて,ラシュマン先生・ダーキン先生・笠井女史とビールを傾ける.ラシュマン先生とは共同研究の進め方を相談し,おもむろに四方山話.ラシュマン先生は●年前の高校時代,ロシア語の現地研修のためこのホテルに宿泊されたとか.子育ての難しさという話題に.未婚(のはず)の笠井さんが妙に詳しいのに驚く(笑)
22:30,解散,就寝.

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