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2011年3月

2011/03/28

イスタンブル出張(第2日〜第6日)

3月21日(月)
13:00,イスタンブル大へ。幸いにも門衛の警官が顔を覚えていてくれたので,パスポートを預けることなく構内へ。コルクマズ先生, タバクラル先生と再会。地震と原発について心配される。今日はセルトカヤ先生は所用で来れなくなったとのこと。
14:30,ユルドゥズ工科大学のオルメズ先生から連絡をいただいたので,地下鉄で Davutpaşa のキャンパスへ。
16:00,オルメズ先生の研究室を訪問。種々情報を交換する。Türk Runik Bibliyografyası (2010), Trans-Turkic Studies Festschrift in Honour of Marcel Erdal (2010) を拝領。市庁舎近くのウイグル料理レストランで夕食もご馳走になってしまった。

3月22日(火)
12:15,イスタンブル大へ。1年ぶりにセルトカヤ先生にお目もじする。今年度以降の協同研究の進め方について相談する。今日も2コマ授業があり,あまり時間がとれないとのこと。また,先生の令夫人で昨年に正式に教授になられたアイシェ先生にもご挨拶。
16:00,辞去。MVT書店で巻狩り。東京のY.T.さんやK.S.さんもこちらに出入りされているらしく,どっさりお買い上げのパケットを拝見した。

3月23日(水)
10:30,イスタンブル大へ。資料64件を調査。昨年にお世話になったエメク=ウシェンメズ氏に再拝。現在キュタヒヤ大学に移られたとのこと。
16:00,なぜかセルトカヤ先生の大学院演習に参加。Maitrisimit を講読していた。

3月24日(木)
11:00,イスタンブル大へ。資料23件を調査。

3月25日(金)
13:00,イスタンブル大へ。今後の協同研究の進め方について,さらに打ち合わせ。スレイマニエ=モスク近くのレストランで昼食をご馳走になる。16:00,大学院の演習があるため,ここで今回は辞去。再拝を期す。
若干のお土産をしばいた後,ホテルで入浴。
19:45,メトロで空港へ。20:30,空港着。チェックイン,出国。息子にお土産の飛行機を購う。BA・KLMはあるのにトルコ航空が無い不思議。
23:30,関空行きTK46便に搭乗。観光客も少なくない。
24:20,離陸。

3月26日(土)
17:55,ほぼ定刻通り関空着。

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2011/03/21

イスタンブル出張(第0日・第1日)

昨年の在外研究での主要課題であるベルリン旧蔵ウイグル語文書写真資料の研究のため,イスタンブルへ出張。震災をうけてキャンセルするかギリギリまで悩んだものの,弘前では食糧・燃料が不足している状況でもあり,帰国までに復旧することを念じつつ決行することに。

3月19日(土)
阪大で開催された遼金西夏史研究会大会を傍聴。震災後にもかかわらず,参加者多数。大会後の懇親会もとい情報交換会は大広間がぎちぎちだった。震災でご本人・関係者が被害を受けられた方々にお見舞い。二次会は失礼して,大阪空港隣のホテルに宿泊。

3月20日(日)
6:30,伊丹空港へ。成田行のNH2176便,および成田で乗り継ぐイスタンブル行TK51便にチェックイン。
7:55,離陸。ANAの利用は8年ぶりくらいか。ボーイング777の余裕ある座席ピッチも快適だった。とはいえ,ANAは10年ほど前に青森から撤退した。JALをサゲてANAをアゲる人も多いが,ANAが地方路線を切り捨てていることを棚に上げているという点では支持できない。
9:15,成田空港第1ターミナル着。TAXI中,退役したJALの747型機が駐機しているのをいくつも見かける。これを使って,震災の被災者を九州や四国など暖かい地方へ運んであげることはできないのであろうか,などと考える。
震災の影響で帰国便を変更したため,一旦カウンターに出てトルコ航空のオフィスに訂正版のEチケットの手配を依頼。遅い朝食ののち,出国。免税店でお土産を調達。
12:30,34番ゲート前に。すぐ近くにNTTが無料の無線LANアクセスポイントを設置しており,メールなどをチェックできた。成田・羽田は関空と違って無線LANへの接続がプロバイダとの契約だの有料だのとややこしいので,これは有難い設備。とはいえ,数m離れただけで接続できなくなってしまう。ほぼ全エリアで無料アクセスを実現しているソウル仁川に比べ,ビジネスマンにとってのハブ空港として,設備上でずいぶん遅れをとっている印象。ペテルブルクのプールコヴォ空港でさえフリー無線LANが走っているというのに。
トルコ航空からのアナウンスで,今回のTK51便はソウル経由,イスタンブル到着は当初予定から2時間遅れて22:30になるという。これも地震の影響(ガソリン不足と,乗務員の宿泊施設)の影響らしい。
14:50,搭乗開始。15:20,離陸。
17:36,ソウル仁川空港に到着。再出発まで1時間,機外に出ることは不許可。にもかかわらず,日本語アナウンスは,全く関係のないイスタンブルでの国内線乗継ぎについて説明していた。日本人CAを解雇したため,マニュアルの文章を意味もわからずに読んでいるのだろうが,こんな的外れのアナウンスが来るのは,万一の緊急事態を考えると心配になる。英語もトルコ語も解さない日本人乗客とくに年配のおばちゃん数名が,待機の事情がわからず不平たらたらだった。
18:15,仁川を離陸。ソウルからは日本語を解するCAが搭乗した模様。ようやく食事とアルコールがサーブされる。
23:20,イスタンブル・アタテュルク国際空港到着。しかし放射能検査のため,ブリッジには横付けされず,また降機までえらく待たされる。バスでターミナルへ向かい,入国審査を経て荷物をピックアップ。日本の震災の救援任務からトルコに戻った赤新月社のレスキュー隊員を見かけたので,ささやかながら一言お礼を申し上げておいた。免税店で買い物。店員から日本の地震についてお見舞いの言葉をもらう。
0:30,タクシーで市内のホテルへ。この運転手さんからも,やはり日本へのお見舞い。トルコの親日国ぶりを実感する。1:00,ホテル到着。日本で朝を迎えた家族と連絡ののち,就寝。

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2011/03/13

このたびも無事です

今回の大地震でも、国内外から安否のご心配を頂戴しました。
幸い、停電一日程度で深刻な被害はなく、家族も無事です。
被災された方々にお見舞い申し上げます。
こちらでは、大学教員として、まずは延期された後期入試の実施に取り組まなければなりません。

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2011/03/07

第41回中央アジア学フォーラム

2011年4月2日(土)13:30〜
大阪大学文学部本館 中庭会議室

田村健「9世紀ユーラシアのヒトの移動:中央ユーラシアからのインパクト」
山本明志「モンゴル時代に漢地へ赴いたチベット人をめぐって:チベット語文献の検討を中心に」
荻原裕敏「ドイツ所蔵トカラ語B断片THT590をめぐって」

フォーラム運営者のサイトのデザインは,もう10年以上も前に私が担当したのだが,さすがに最新のブラウザでは表示が不細工になってきた気がする。
代表幹事も交替されたとのことなので,サイトの方も全面改装・気分一新してはと思うのですが,皆さん忙しいかな?

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