2009/07/09

藤原崇人さんより

藤原 崇人 2009:「契丹(遼)の授戒儀と不空密教」『遼金西夏研究の現在』2, pp. 1-23.

抽印を拝領.藤原さんありがとうございました.
契丹の不空密教ということは,またもソグドとの関係に発展していくのだろうか.

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2009/07/05

工藤寿晴さんより

工藤 寿晴 2009:「遼許従贇墓誌銘考釈──燕雲地域獲得直後における雲州の様相を考察する手掛かりとして──」『白山史学』45, pp. 107-141.

抽印を拝領.工藤さん,ありがとうございました.

墓主の妻がソグド武人勢力出身という推定は面白い.
今年卒業したゼミ生の1人は,当初遼代のソグド人を扱おうとしたのだが,『遼史』からは十分なデータを見つけられず方針を変更したのだった.
やはり墓誌銘まで手広く探さなければ,この問題は解けないということだろう.

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2009/07/03

Papers of ICANAS 38 [coming soon]

昨日は突然トルコから国際電話がかかる.
なんでも一昨年アンカラで開催されたICANASの報告論文集の校正を送りたいのだが,当方にはいくらメールを送っても宛先不明で返信されてくるとか.
口頭で伝えたアドレスに原稿を転送してもらうことはできた.そのメールを見ると,最初に送信に失敗したのは6月3日だが,その際のアドレスは dmaisui だった(泣)校正締切りは7月5日なので至急の案件.そしてこういう場合に限って,校訂テキストの行配置やら図版やらに問題があったりするのだなあ.
ということで,急遽校正指示の英文執筆に頭をひねることになる.行の「台頭」や「降格」なんて,英語でどのように説明したらよいやら....

とはいえ,論文集の刊行は間近のようで喜ばしい.
校正刷りでは拙稿は1221〜1230頁に配置されている.もし論文の掲載が著者名順ならばだいたい真ん中あたりなので,類推すると2500頁?
いずれにせよ,相当な巨冊になりそうだ.

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2009/07/02

一誠堂書店から

Sims-Williams, N. 2007: Bactrian Documents from Northern Afghanistan II: Letters and Buddhist Texts. London, 2007.
Pelliot, P. 2008: Carnets de route 1906-1908. Paris.

渡米直前に来店のうえ注文していたもの.
前者は第1巻の半値程度で,思わず「この値でイイノデスカ」と聞きそうになった.それくらい日本では使う人がいないということなのだろうか.Webcatでも現時点では阪大にしか所蔵されていないようだが....
後者はPelliotの中央アジア調査旅行ノートの翻刻.こちらも現時点では京大のみ.

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2009/07/01

Abita qurは閉鎖したわけではありません

昨日(6/30)は@niftyのメンテナンスだった.
予定時間を過ぎても完了しないというグダグダぶりは予想の範囲内だったが,今回はメンテ中にアクセスすると「404エラー:ページが見つかりません,ブログが閉鎖された可能性があります」という表示.
これにはぶったまげて,おもわず過去ログを全部ダウンロードしてバックアップしてしまった.
夕刻に普通にアクセスできていささか安堵した次第.
読者にも,あるいは本blogが閉鎖されたかと案じられた向きもあるかもしれませんが,とりあえずはもうしばらくこのURLで続けていきますので,どうぞよろしくお願いします.

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2009/06/29

『史学雑誌』118-5, 2009

恒例の「回顧と展望」号.
内陸アジアは武田和哉・村上信明,隋・唐は平田陽一郎,宋・元は山口智哉の各氏がご担当.
言及された3本の拙稿のうち,安西楡林窟論文については『内陸アジア言語の研究』23号の英文で多々増補している.当blogの読者には,今後はこちらを参照されるようお願い申し上げます.

ちなみに Steenstrup 氏の Nordica mediaevalis にも,「回顧と展望」関係の批評が寄せられている.
例年各分野でままみられる「世間に配慮して論文の要約のみで終わる向き」に対する物足りなさは日東西共通のものと得心.
「欧米での研究成果を無視して日本の研究史だけで卒論を済まそうとするならば、少なくとも私の母校では留年である」も非の打ちようがない正論なのだが,これをわが勤務先でどこまで徹底できるか,毎年頭の痛いところだ.

Steenstrup 氏は最後に,史学会に抽印・影印を送らない人たちも批判されている.
そういえば,当方も諸事にかまけて送るのを忘れていた.
楡林窟の英文拙稿が言及されていなかったのはそのせいかもしれない.
武田さん,ご苦労をかけて申し訳ありませんでした.

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2009/06/24

第46回野尻湖クリルタイ(第2次案内)

2009年7月18日(土)〜7月20日(月)
野尻湖 藤屋旅館(〒389-1303 長野県上水内郡信濃町野尻258-5)

7月18日
13:00〜14:30 参加登録
村上信明(創価大学)「駐蔵大臣の「山上の瞻礼」にみる18世紀後半の清・チベット関係」
青木雅浩(早稲田大学)「新疆に対するモンゴル人民政府の活動(1920年代前半)」
楠木賢道(筑波大学)「清朝皇帝ホンタイジの岳母アンバ=ママの逆縁婚」

7月19日
塚瀬進(長野大学)「日本における満洲史研究の批判的検討」
エルデンチロ(京都大学)「アラシャ旗裁判記録文書とその書式」
伊藤一馬(大阪大学)「北宋滅亡前後の陝西地域──対金、対西夏情勢をめぐって」
ミャンガート・エルデムト(中央民族大学)「イリ河流域民間所蔵トド文字文献について」
菅原純(青山学院大学)「『現代ウイグル語小辞典』の刊行──歴史研究者の辞書づくり」

7月20日
バーボー(大阪市立大学)「エルデニ・シャンゾドバと「ラマ」称号回復請願──ジェブツンダンバの「ラマ」称号回復問題」
岩尾一史(神戸市外国語大学)「古代チベット帝国における農・牧の区別と徴税制度」
12:00 解散

幹事の楠木賢道先生よりご案内を頂戴.楠木先生ありがとうございました.
参加希望の向きには7月10日までに楠木先生までご連絡を.

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2009/06/21

鈴木宏節さんより

鈴木 宏節 2009:「突厥チョイル碑文再考」『内陸アジア史研究』24. pp. 1-24.
森安 孝夫・鈴木 宏節・齊藤 茂雄・田村 健・白 玉冬 2009:「シネウス碑文訳註」『内陸アジア言語の研究』24, pp. 1-92.

抽印・影印を拝領.鈴木さん,ありがとうございました.モンゴルでも頑張って下さい.

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2009/06/19

石見清裕先生より

石見 清裕 2009:「吐魯番出土文書墓表・墓誌の統計的分析」『敦煌・吐魯番出土漢文文書の新研究』東洋文庫,pp. 157-182.
ソグド人墓誌研究ゼミナール 2009:「ソグド人漢文墓誌訳注(5) 固原出土「史索巌墓誌」(唐・顕慶三年)」『史滴』30, pp. 213-237.

抽印を拝領.石見先生ありがとうございました.

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2009/06/18

『敦煌・トルファン漢語文献の特性に関する研究』

土肥 義和 2009:(代表)『敦煌・トルファン漢語文献の特性に関する研究』(科研費・基盤研究(C) (No. 18520550) 研究成果報告書)

研究分担者の片山章雄先生から拝領.土肥先生・片山先生,ありがとうございました.

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2009/06/14

シンポジウム「中国金の建国と女真族の社会」

2009年10月11日(日)13:00〜17:00
会場:新潟市生涯学習センター「クロスパルにいがた」

基調講演:臼杵勲(札幌学院大学)
基調報告:弓場紀知(京都橘大学)
     村上恭通(愛媛大学)
     三宅俊彦(専修大学)
総合討論 コーディネーター:白石典之(新潟大学)
※要資料代(500円)

新潟大の佐藤貴保先生からご案内を頂戴.佐藤先生ありがとうございました.
9月12日から同会場で開催予定の「哈爾濱金代文化展」と連動するもので,こちらは一般市民向けのシンポジウム.
前日に研究者向けのシンポジウム「金王朝とその遺産」が開催されることは既報通り
その他,詳しい情報は佐藤先生までお尋ねのほど.

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2009/06/13

杉山清彦先生から

承志・杉山 清彦 2006:「明末清初期マンジュ・フルン史蹟調査報告」『満族史研究』5, pp. 55-84.

これまたアジア世界史学会で拝領していたもの.なんとカラー写真入りの特製の抽印.杉山先生ありがとうございました.

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2009/06/11

プリンストン出張(第4日)

6月10日(水)
6:55,起床,朝食.
8:00,ホテルをチェックアウト.シャトルバスとエアトレインを乗り継いでターミナル4へ.
8:30,搭乗手続.出国審査.免税店で土産の購入.ワインを買ったところ,ゲートまで届けておいてくれるという.重い荷物を持ち歩かなくてよいのは便利.喫茶店で荒川先生とマサラチャイ.
10:10,コンチネンタル航空CO009便のゲート前へ.乗客はほぼ満席.
10:20,搭乗開始.
11:50,定刻より遅れて離陸.復路では「北北西に進路をとれ」「アラビアのロレンス」といった古典を鑑賞するが,どちらも途中で居眠りしてしまう.
6月11日(木)
日本時間14:20,やはり定刻より遅れて成田空港着.検疫官が乗り込んでくると言うアナウンスがあったが,実際には客席までは来なかった.入国審査を済ませ,ターンテーブルへ.私の荷物がなかなか現われず,ここで荒川先生とはお別れ.お疲れ様でした.
15:15,青森へ向かうべく,リムジンバスで都内へ.

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2009/06/10

プリンストン出張(第3日)

6月9日(火)
7:30,起床,朝食.激しい雷雨におののく.
8:45,ホテルをチェックアウト.荷物を預けて,徒歩で直接 Seeley G. Mudd Library へ.幸い雨脚も弱まっていた.
9:00,Mudd Library到着.昨日に引き続き,敦煌資料の調査.
12:50,近くのタイ料理屋で昼食.
13:30,調査再開.
16:00,調査終了.再びHeijdra先生を訪問.別の図書館やウィルソン大統領のファカルティクラブなどのご案内とあわせ,鉄道による移動方法をご教示いただく.Princeton駅の構内で別れのご挨拶.早々の成果発表を約す.
16:45,ホテル近所のイタリア料理店Mediterraで早めの夕食.ワイン+ブルスケッタ+ペンネに舌鼓をうつ.
18:50,ホテルに戻り,荷物をピックアップして徒歩でPrinceton駅へ.
19:30,Princeton駅発.
19:37,Princeton JCT 駅着.乗り換え.
19:58,Newark行きの電車に乗り込む.いまだに車掌自らの巡回検札.
20:50,Newark Int Airport 駅に到着.エアトレインに乗り換えていったんターミナルCのGround Transportation Counterへ向かうが,ホテルのシャトルバスは途中のパーキング4に来るのだと言われ,ふたたびエアトレインへ.Holiday Inn Newark Int Airport のシャトルバスを待つ.
21:40,シャトルバス到着.Holiday Inn はこの近辺にいくつかあるらしく,別の店舗の客までがバスに乗り込もうとしていささか混乱.我々は無事に搭乗.
22:00,ようやくホテルにチェックイン.
22:20,荒川先生の部屋でコーヒーをいただき,今後の成果発表を中心に情報交換.
23:00,解散.ホテル1階のパブで生ビールを1杯だけいただく.入浴,就寝.

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2009/06/09

プリンストン出張(第2日)

6月8日(月)Princetonfristcenter_3
7:30,起床,朝食.
8:30,徒歩でプリンストン大の Frist Campus Center へ向かう.
8:50,センター3階の East Asian Library を訪問,この間の調査についてご高配をいただいている Martin Heijdra 先生に拝眉.些少のお土産や図書・抽印などを献呈する.ご案内により,まずは館内の蔵書を見学.アメリカの大学でも財政は厳しいが,蔵書の充実は最優先事項とされているとのこと.彼我の差に嘆息.
10:00,センターの建物を出て,実際に敦煌文献が保管されている Seeley G. Mudd Manuscript Library へ向かう.徒歩約5分.敦煌文書がこちらに保管されているのはキャンパス全体の改修・改築・増築による一時的措置で,管轄はあくまで East Asian Library に属するとのこと.ちなみに,IDP データベースでプリンストン所蔵文献に付されている Peald という記号は, P(rinceton) E(ast) A(sian) L(ibrary) D(unhuang) の頭文字だという.
受付でパスポートを提示,各種のフォームに記入.この図書館は各種の公文書などを保管しており,それらが挟んで持ち出されるのを防止するため,紙・ノート・フォルダ類は原則的に閲覧室に持ち込めないとのこと.今回は,特別の許可をもらって事前に予習したノート類や写真プリントを持ち込む.一方,デジカメによる撮影は申請さえすればほぼ自由らしい.
しばらくして,大きな紙製のボックス二つがキャレルに積まれて登場.箱の中にはそれぞれ紙フォルダが多数あり,その中にあるいは台紙貼り付け,あるいは薄紙フォルダに挟まれて敦煌文献が収められる.さらに荒川先生ご所望の西夏文冊子本仏典2冊も登場.
もとは張大千収集のウイグル+西夏両語断片はほぼ「6」の大版紙フォルダに保存.
12:00,図書室近くのインド料理店で昼食.
13:00,調査再開.
16:10,本日の調査を終了,Heijdra先生を再訪.ビールでも,とのお誘いを拝承.ホテルまでの道すがら,キャンパスをご案内いただく.アメリカの大学のキャンパスは広いなあと感心していたところ,Heijdra先生からはプリンストン大には医学部ほか理系学部がないので,全米でも狭くて有名だとか.これには荒川先生と二人して嘆息.
16:40,一端ホテルに戻って荷物を置き,再びHeijdra先生とバーへ.8種類の小グラス1セットのビールをいただく.ベルギーのWitbierが美味.Heijdra先生は1979年前後に京大東洋史にも留学されたとのことで,昔話などをうかがう.
19:30,解散.
20:00,ホテルに戻り,入浴・就寝.

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